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東京高等裁判所 平成7年(ネ)4250号 判決

東京都武蔵野市西久保三丁目二一番八号

控訴人(本訴原告兼反訴被告)

菊川忠夫

右訴訟代理人弁護士

川村武郎

東京都武蔵野市西久保三丁目一八番四号

リヴェール武蔵野五〇二号

被控訴人(本訴被告兼反訴原告)

中村儀一

右訴訟代理人弁護士

石川利男

主文

一  原判決主文一項を次のとおり変更する。

1  控訴人は被控訴人に対し、金七〇万円およびこれに対する平成六年五月一四日から支払すみに至るで年五%の割合による金員の支払をせよ。

2  被控訴人の反訴請求のその余の部分を棄却する。

二  本訴請求についての本件控訴を棄却する。

三  当審における本訴請求についての予備的請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審の本訴と反訴とを通じて五分し、その四を控訴人の負担、その余を被控訴人の負担とする。

五  この判決の一1項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者が求める判決

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  (主位的請求)

〈1〉 被控訴人は、その肩書地に所有するマンション(以下「本件マンション」という。)につき、「リヴェール」の文字を容した名称を使用してはならない。

〈2〉 被控訴人は、前項記載のマンションの敷地内に設置されている「リヴェール武蔵野」の看板を撤去せよ。

3  (当審において追加した予備的請求)

被控訴人は控訴人に対し、金三〇〇万円及びこれに対する平成元年一月一九日(平成八年一月八日付け準備書面送達の翌日)から支払すみに至るまで年五%の割合による金員の支払をせよ。

4  被控訴人の反訴請求を棄却する。

5  訴訟費用は、本訴と反訴とを通じて、全部被控訴人の負担とする。

6  右2項あるいは3項は、仮に執行することができる。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴人の予備的請求を棄却する。

3  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張及び証拠関係

左記のとおり付加するほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

一  控訴人の主張

1  本訴請求の主位的請求について

原判決は、本件アパートの名称に周知性があるとは認め難いとして、控訴人の主位的請求を棄却している。

しかしながら、不正競争防止法二条一項一号に規定する、いわゆる周知性の判断は、個々具体的事案に即してなされるべきであって、本件アパートの名称が周知性を有するか否かは、本件アパートと他の共同住宅との識別を必要とする者の間で本件アパートの名称が広く認識されているかにより判断すべきである。そして、本件アパートの名称は、そのような者の間において広く認識されている結果、本件アパートと本件マンションとの間には原審において主張したとおり(原判決八頁三行ないし九頁一行)の誤認混同が生じており、控訴人はアパート営業上の利益を侵害されている。

したがって、本件アパートの名称は周知性があるといえるから、同法三条の規定に基づく各差止め請求は認容されるべきである。

2  被控訴人の反訴請求について

原判決は、被控訴人の反訴請求を全部認容し、控訴人に対し金一〇〇万円もの賠償を命じている。

しかしながら、後記のように、被控訴人が本件マンションの名称を決定する際に、本件アパートの名称を知らなかったというのはありえないことであって、本件マンションの名称の決定が、本件マンションの建設に反対した控訴人に対する意趣返しとしてなされたことは疑いがない。本件各ビラの配布は、このような被控訴人の非常識な行為に触発されてやむなく行われたのであって、その内容も抑制的なものであるから、被控訴人の反訴請求は棄却されるべきであり、仮に認容されるとしても、賠償額は極めて低額にとどめられなければならない。

なお、この点についての原審における主張(原判決一五頁一〇行ないし一六頁六行)は、本件各ビラの内容は被控訴人の名誉を段損するものではないが(反訴請求原因の否認)、仮に被控訴人の名誉を毀損するところがあるとしても、真実を摘示したものであるから違法性がない(抗弁)という趣旨である。

3  本訴請求の予備的請求について

共同住宅の名称は他との識別を最大の機能とするものであるから、共同住宅の名称を決定しようとする者は、少なくとも近隣に同一の名称を有する共同住宅が存在しないことを調査確認し、他との誤認混同を避けるべき注意義務がある。しかるに、被控訴人は、本件アパートの「リヴェール」という名称と事実上同一である「リヴェール武蔵野」という名称を本件マンションに付し、控訴人の度重なる申入れにもかかわらず、本件マンションの名称を変更しない。その結果、本件アパートと本件マンションとが誤認混同されて無用の混乱が生じ、控訴人は、自らが創作した「リヴェール」という名称を変更せざるをえない状況に追い込まれている。

「リヴェール」という名称は右のように原告の造語であるから、被控訴人が本件アパートの名称を知らずに、たまたまこれと同一の文字を含む本件マンションの名称を決定したということは、極めて不自然である。まして、共同住宅の名称の決定は慎重に行われるのが普通であり、とりわけ、他の共同住宅との誤認混同を避けることに十分な配慮をすることは当然と考えられる。したがって、被控訴人あるいはその家族が、本件マンションの名称を決定する際に、被控訴人の住居から僅か数十メートルしか離れておらず、かつ、一年以上も前から存在していた本件アパートの名称を知らなかったというのはありえないことであるから、被控訴人は、前記の注意義務を怠り、あるいは故意をもって、本件マンションの名称を決定したことに疑いの余地はなく、被控訴人の行為が不法行為に該当することは明らかである。

そして、控訴人が被控訴人の右行為により被った精神的苦痛を慰謝するための金額は、金三〇〇万円を下らぬものがある。

二  被控訴人の主張

1  控訴人の主位的請求について

本件アパートは表通りに面しておらず、その名称は控訴人方に出入りする等の特別の者以外には知られていなかったから、本件アパートの名称が不正競争防止法二条一項一号所定の周知性があるとは認め難いとした原判決の認定判断に誤りはない。

2  被控訴人の反訴請求について

被控訴人は、原判決認定のとおり、相当以上の信用を得て平穏な市民生活を営んでいたものである。しかるに、被控訴人を盗人呼ばわりした本件各ビラが数次にわたり執拗に配布されたことによって、被控訴人は名誉を著しく毀損され、その被った精神的苦痛には甚大なものがあるから、被控訴人の反訴請求を全部認容した原判決は正当である。

3  控訴人の予備的請求について

控訴人の本訴請求は、訴え提起以降、控訴審の第二回口頭弁論期日に至るまで、不正競争防止法に基づく差止め請求のみとして維持され、審理されてきたものである。

しかるに、控訴人は、控訴審の第二回口頭弁論期日において、突如として、被控訴人の不法行為により精神的苦痛を被ったと主張し、予備的に損害賠償請求を追加するに至った。このような予備的請求の追加は、本件訴訟手続を著しく遅滞させるものであるから、許されるべきでない。

また、被控訴人の行為によって控訴人が金三〇〇万円もの損害を被った事実は存在しない。

三  当審における証拠関係

本件控訴事件記録中の書証目録及び証人等目緑記載のとおりであるから、これらをここに引用する。

第三  判断

一  控訴人の主位的請求について

当裁判所も、本件アパートの名称に周知性があるとは認められず、控訴人の主位的請求はいずれも棄却すべきものと判断する。その理由は、原判決一六頁一〇行目を「1 前記争いのない事実によれば、控訴人は、本件アパートに「リヴェール」の名称を付けて賃貸アパートの営業をしている者であるから、右「リヴェール」の名称は、不正競争防止法二条一項一号に規定する「人の(中略)営業を表示するもの」、すなわち営業表示に該当するということができる。しかしながら、右営業表示が同法上保護されるた」と訂正するほか、原判決一六頁一一行ないし一八頁六行に説示のとおりである(甲第一四号証の記載事項及び当審における控訴人本人尋問の結果は、右認定判断を左右するに足りない。)から、これをここに引用する。

この点について、控訴人は、いわゆる周知性の判断は、個々具体的事案に即してなされるべきであり、本件アパートの名称が周知性を有するか否かは、本件アパートと他の共同住宅との識別を必要とする者の間で広く認識されているか否かにより判断すべきである旨主張する。

一般に、営業表示が「需要者に広く認識されているもの」といい得るか否かは、当該営業の種類、態様、取引範囲等を考慮して判断すべきであって、その地域的範囲は、画一的に判断すべきものではない。そして、賃貸アパートの名称は、居住者及び居住者を通じてその営業活動と関わっている者に関心を持たれるだけでなく、アパートに居住することに生活上の利益を持つ者にも広く関心を持たれるものであるから、その名称が周知であるというためには、少なくとも当該アパートの所在地を通常の生活圏とする地域内において、現に共同住宅に居住している者、あるいは当該アパートに係る営業活動に関わっている者のみならず、同圏内において生活し、あるいは将来にわたって当該アパートに係る営業活動に関わりを持つことがあり得る者に広く認識されていることを必要とするというべきである。

したがって、周知性の判断についての控訴人の前記主張は理由がなく、また、前記認定事実(原判決一七頁三行ないし一八頁三行)に照らし、本件アパートの名称が前記地域内において、前記需要者に広く知られていたとは到底認められないから、控訴人の本件営業表示は周知性の要件を満たしているとはいえない。

二  被控訴人の反訴請求について

当裁判所も、控訴人の本件各ビラの配布によって、被控訴人はその名誉を著しく毀損されたものと判断する。その理由は、原判決一九頁三行ないし二五頁八行に説示のとおりである(ただし、原判決二〇頁四行目の「その一部を自宅と」の次に「し、他の部分を賃貸」と付加し、二一頁一行目の「リヴェール」を「リヴェール reveur 夢見る」と訂正する。甲第一一、第一二号証及び当審における控訴人本人尋問の結果も、右認定判断を左右するものではない。)から、これをここに引用する。

この点について、控訴人は、仮に本件各ビラの内容に被控訴人の名誉を毀損するところがあるとしても、真実を摘示したものであるから違法性がないと主張する。

しかしながら、事実を摘示して他人の名誉を毀損した行為に違法性がないというためには、その行為が公共の利害に関する事実に係りもっぱら公益を図る目的に出た場合であって、かつ摘示された事実が真実であることが証明されたことを要するところ、本件各ビラは、いずれも被控訴人が控訴人の所有する本件アパートの名称を盗用して本件マンションに事実上同一の名称を使用したとする事実を摘示して被控訴人を非難攻撃する内容のものであって、その事実が公共の利害に関する事実とは認められないし、公益を図る目的に出たものともいえないのみならず、摘示された事実が真実といえないことは、前記認定事実に照らし明らかである。したがって、本件各ビラの配布行為が、控訴人において、先に本件アパートの名称を開始したことから、被控訴人が本件アパートの名称を盗用したと思い込み、被控訴人に対して抗議してもこれを受け入れてもらえなかったことに起因してなされたことを考慮しても、その行為に違法性がないとする余地はない。

ただし、本件各ビラの枚数が各回とも一〇枚ないし一七枚にすぎず、配布範囲も本件マンションの居住者を含む極めて狭隘な近隣地域に限定されていたことに鑑みると、その名誉を毀損されたことによって被控訴人が被った精神的苦痛を慰謝すべき金額は、金七〇万円にとどめるのが相当である。

よって、被控訴人の反訴請求を全部認容した原判決は、一部失当である。

三  控訴人の予備的主張について

控訴人は、共同住宅の名称を決定しようとする者は少なくとも近隣に同一の名称を有する共同住宅が存在しないことを調査確認し、他との誤認混同を避けるべき注意義務があるにもかかわらず、被控訴人はこの注意義務を怠り、あるいは故意をもって、本件アパートの名称と事実上同一の名称を本件マンションに付したものであり、控訴人は自らが創作した「リヴェール」という名称を変更せざるをえない状況に追い込まれているから、被控訴人の行為が不法行為に該当することは明らかであると主張する。

被控訴人は、右予備的請求の追加は、著しく訴訟手続を遅延せしめるから許されない旨主張するが、本件訴訟の経過等弁論の全趣旨に徴し、時機に遅れてなされたものとはいえないから、右主張は理由がない。

しかしながら、事業用の共同住宅の所有者がその建物の名称を決めることは、営業活動上自由になし得ることであって、その名称の使用が不正競争防止法上の不正競争に該当する等の特別の事情がない限り、これに他人がみだりに容喙することは許されるべきではない。したがって、共同住宅の名称を決定しようとする者には少なくとも近隣に同一の名称を有する共同住宅が存在しないことを調査確認し、他との誤認混同を避けるべき一般的な注意義務があるという控訴人の主張は、採用することができない(控訴人の主張は、自らの造語ではない「リヴェール」という名称の独占的使用を求めることに帰着するから、妥当なものとはいえない。)。

ただし、他人が既に特定の名称を共同住宅に使用して営業していることを知悉しながら、その営業活動を妨害し、あるいは営業上の利益を侵害する意図をもって、当該名称あるいはこれに類似する名称を、あえて共同住宅の名称として使用することは、著しく反社会的な手段を弄して他人の法的保護に値する利益を侵害するものであって、不法行為に該当すると解すべきである。これに反し、他人が既に特定の名称を共同住宅に使用していることを知らずに、当該名称あるいはこれに類似する名称を自らが所有する共同住宅の名称として使用した場合は、たとえそれが調査不十分によるものであり、結果として共同住宅の間に誤認混同等の事態が生じたとしても、著しく反社会的であるということは到底できないから、違法性を帯びることはないと解するのが相当である。

これを本件についてみると、「リヴェール」という名称は平成元年ころの刊行物にも搭載されているものであって、控訴人の造語ではないこと、被控訴人が本件マンションの名称を決定する際、控訴人が既に「リヴェール」という名称を本件アパートに使用して営業していることを知っていたと認められないことは、前記(原判決二〇頁三行ないし二二頁八行)のとおりである。甲第一〇号証は、右認定を左右するものではない。

したがって、被控訴人による本件マンションの名称の使用行為は、著しく反社会的な手段を弄して控訴人の名称使用の利益を侵害した違法な行為ということはできないから、控訴人の予備的請求は、棄却を免れない。

第四  以上のとおりであるから、原判決のうち控訴人の主位的請求をいずれも棄却した部分は正当であるが、被控訴人の反訴請求を全部認容した部分は一部失当であるから、原判決主文一項を本判決主文一項掲記のとおり変更し、本訴請求について本件控訴を棄却し、また、控訴人の予備的請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担及び仮執行の宣言につき民事訴訟法八九条、九二条、九五条、九六条及び一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄裁判官 持本健司)

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